2017年5月30日 滋賀県 草津市 森歯科医院 院長 森光伸
粘液嚢胞(mucocele, mucus cyst)は唾液を分泌する小唾液腺が詰まり、内部に唾液がたまって生じた口腔内の小さな嚢胞です。非常に脆弱な薄い嚢胞壁に囲まれ、内部には粘稠な唾液が貯留しています。手術時にはこの薄い嚢胞壁を破らずに摘出することが難点のひとつにもなります。発生部位は口唇(特に下唇)、頬粘膜、舌に多くみられますが、小唾液腺は口腔内の全ての粘膜に存在しますので、どの部位に生じてもおかしくはないはずです。しかし、圧倒的に下唇に多く発生するのは機械的刺激が影響しているのではないかと思われます。小児は歯の生え変わりなどで、歯と粘膜が刺激されることが多く頻発します。治療は、1) 自然緩解を待つか、2) 刺激源をみつけて除くか、3) できてしまった嚢胞をとり除くかのどれを選択するかは、その病態により変わってきます。
今回は40歳代女性の希な症例を報告します。噛んだことがきっかけで下唇にデキモノができたとの主訴で、他医院で6か月程経過をみていたようですが、全く縮小することはなく、摘出目的で当院を受診されました。
初診時、左側下唇粘膜下に直径8mm程度の比較的硬い腫瘤を触知しました。粘液嚢胞を疑いましたが、通常より硬く典型的ではないが、かといって良性腫瘍といえるほどの硬さではないような印象を受けました。穿刺してみましたが何も吸引できませんでした。
後日、摘出手術時は粘液嚢胞特有の柔らかさは全くなく、比較的硬い腫瘤を摘出いたしました。摘出物の割面は充実性腫瘍のごとき半透明な白い内容物で充満しており、まるで葡萄の実の割面のようでした。
病理診断はムチンが豊富な粘液嚢胞でした。
ちなみにムチン(mucin)は動物の上皮細胞などから分泌される粘液(mucus)の主成分で、細胞の保護や潤滑物質の役割を担い、強い粘性と保水性を保つタンパク質です。オクラや里芋のネバネバもムチンといわれますが、植物由来のものは必ずしもムチンとは言い切れないとの学説もあります。動物の粘液にはすべてムチンが含まれており、粘膜表面を物理的な外的刺激から保護しております。
今回の症例では、度重なる外的刺激に対し、局所的にムチンが多量に賛成された可能性があるかと感じました。
<術前写真>
<術中写真>
<摘出物割面写真>